幼児の道徳性・規範意識を育む事例やエピソードを示して、かかわる保育者の役割や援助のあり方について考察しなさい。
幼児期は、生涯にわたる人間形成の基礎が培われる極めて重要な時期であり、道徳性や規範意識の芽生えは、遊びや生活といった直接的・具体的な体験を通して育まれます。幼稚園教育においては、「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」の一つとして「道徳性・規範意識の芽生え」が示されており、幼児は他者との関わりの中で葛藤やつまずきを体験することを通して、善悪の判断につながる基本的な行動の区別を学びます。また、互いに自分の思いを主張し折り合いをつける経験を重ねることで、自己抑制やきまりの必要性に気付き、社会的な行動を調整する力が育ちます。さらに、幼児は信頼する大人の言動を通して望ましい行動とそうでない行動を理解し、共感や内省を通して自らの行動を振り返る力も発達します。
具体的な事例として、5歳児後半の集団ゲームでは、ルールを守っても負け続けることへの不満からけんかが発生することがあります。この際、幼児たちは互いの言い分を聞き合い、「叩いたらだめだよ」といったやり取りを通して友達の気持ちに共感し、自分たちで解決策を考え遊びを継続します。この経験により、規範意識が形成され、友達と心地よく生活するための自己調整力が育まれます。また、3歳児の園庭遊びでは、三輪車で遊んでいた際にカエルを見つけ、友達が声をかけ急ブレーキをかけることで、生命を大切にする思いやりや思慮の芽生えが見られます。さらに、4歳児がスクーター遊び中に水たまりを避け、交通信号ごっこを取り入れることで、遊びの中で規範を守る意識が自然に身に付き、集団行動や交通安全への理解が深まります。
保育者の役割としては、単にルールを教え込むのではなく、幼児の自発的な活動を尊重しつつ、情緒的な安定を基盤とした間接的な援助が求められます。まず、信頼関係と安心感を確保することが重要で、教師が温かく受け止め理解しようとする姿勢は、幼児の心の安定を促します。また、善悪や思いやりの判断においては、教師自らがモデルとなることが大切です。葛藤の場面では、幼児が自ら工夫し解決できる機会を尊重しつつ、必要に応じて仲立ちや視点の転換を促す働きかけを行います。さらに、遊びや生活の振り返りを言葉で補助し、学級全体で共有することで、次の活動への意欲を引き出します。規範意識は、きまりを一方的に教えるのではなく、守ると楽しく遊べる体験を通して育まれます。交通安全や園外活動の前には、危険予測や約束事を具体的に考えさせ、掲示物なども活用して実体験に基づく学びを促します。加えて、共同制作や集団遊びなどの協同性の体験は、譲り合いや責任感を学ぶ機会となり、道徳性や社会性の基盤を形成します。
このように、幼児期の道徳性・規範意識の育成には、心の安定と信頼関係を基盤に、葛藤体験を尊重しつつ自ら考え行動する力を引き出す保育者の適切な環境構成と援助が不可欠であり、遊びや生活の中での具体的な体験を通じて、豊かな人間性の基礎が形成されていきます。
遊び例
- 集団ゲーム(鬼ごっこ、ボードゲームなど)(5歳児後半)
| 遊び・場面 | 年齢 | 保育者の支援・援助のポイント | 具体的援助例(資料に基づく裏付け) |
|---|---|---|---|
| 集団ゲーム | 5歳児後半 | – ルールを守る体験を見守る- いざこざが起きた時に仲立ち- 友達の気持ちを言葉で補助し共感を促す | 「負けてばっかりだといやだよね」「だけど、たたいたらだめだよ。今のは痛かったと思うよ」と声かけ |
| 資料に基づく確認 | • 発達の段階: 5歳児後半は、いざこざなどうまくいかないことを乗り越える体験を重ねることを通して人間関係が深まり、相手の視点から自分の行動を振り返り、考えながら行動する姿が見られる時期です。また、きまりを守る必要性が分かり、自分の気持ちを調整し、友達と折り合いを付けながらきまりをつくったり、守ったりするようにもなります。• 葛藤時の援助: ルールのある遊びで負け続けて気持ちが高じて相手を叩いてしまった場合、他の幼児も集まってきて「負けてばっかりだと嫌だよね」「だけど、たたいたらだめだよ。今のは痛かったと思うよ」とそれぞれの言い分を聞き合う場面が生まれます。教師は、幼児同士の気持ちのぶつかり合いが生じた場面を捉えて適切な援助を行うことで、道徳性・規範意識の芽生えを育んでいきます。• 教師の役割: 教師は、自ら工夫したり、友達と助け合ったりする機会を奪わないよう、すぐには介入せず、援助のタイミングを考えることが重要です。 |
- 三輪車・園庭遊びでの生き物への関わり(3歳児)
| 遊び・場面 | 年齢 | 保育者の支援・援助のポイント | 具体的援助例(資料に基づく裏付け) |
|---|---|---|---|
| 生き物への関わり | 3歳児 | – 危険回避や思いやりの言葉がけ- 命の大切さを話題にして意識づけ- 優しい行動をモデルとして示す | 「カエルひいちゃうよ!」「危なかったね」「逃がしてあげよう」(幼児同士のやり取り)。保育者は、「小さな生き物にも生命があり、生きているのだ」ということを繰り返し伝える |
| 資料に基づく確認 | • 生命尊重の芽生え: 幼児は、身近な動植物に愛着をもって関わる中で、生きているものへの温かな感情が芽生え、生命を大切にしようとする心が育ちます。• 具体的な体験の重視: 3歳児が三輪車で遊んでいる際にカエルが飛び出し、他の幼児が「カエルひいちゃうよ!」と声をかけ、一緒に「逃がしてあげよう」と行動したエピソードは、生命あるものをいたわる気持ちの芽生えを示すものです。• 教師の役割: 教師は、動植物の誕生や終わりといった生命の営みに遭遇する機会を通して、幼児の心を豊かに育てるための大切な機会と捉える必要があります。また、幼児が小さな生き物を物として扱うようなときにも、生命があることを繰り返し伝えることが大切です。 |
- スクーター遊び・交通信号ごっこ(4歳児)
| 遊び・場面 | 年齢 | 保育者の支援・援助のポイント | 具体的援助例(資料に基づく裏付け) |
|---|---|---|---|
| 交通信号ごっこ | 4歳児 | – 遊びの中で規範(交通ルール)を示す- 実際の体験を想像できる言葉かけ- 安全を守る約束事を具体化する | 「赤信号です!カッコ♪カッコ♪…はい!通っていいですよー!」(幼児の自発的な行動)。教師は「一方通行で走ろう」と声をかけ、遊びの中で繰り返し体験させる |
| 資料に基づく確認 | • 規範意識と遊び: 4歳児が水たまりを避けようとする際に、別の幼児が自発的に「赤信号」の役割を演じ、ルールを守り、一方通行で走る流れができたという事例は、遊びの中で自発的に規範を適用し、それが集団の活動をスムーズにするという規範意識の芽生えを示します。• 安全教育の意義: 交通安全の習慣を身に付けることは、安全な生活を送る上で必要です。幼児は、日常生活の中で十分に体を動かして遊ぶことを通して、危険な場所、事物、状況などが分かったり、どうしたらよいかを体験を通して学びとっていきます。• 教師の援助: 教師は、交通安全の指導を長期的な見通しをもち、計画的な指導を積み重ねる必要があります。園外に出かける機会などを計画し、実際に歩きながら交通ルールを守る必要性を実感できるように取り組むことが重要です。幼児が周りの状況から安全な歩き方を判断する姿を促すことが期待されます。 |
- 共同制作・協同遊び(工作・大型ブロック)(3~5歳児)
| 遊び・場面 | 年齢 | 保育者の支援・援助のポイント | 具体的援助例(資料に基づく裏付け) |
|---|---|---|---|
| 共同制作・協同遊び | 3~5歳児 | – 役割分担や順番を守る体験を促す- 譲り合いや協力の楽しさを言語化- 成功体験や達成感を認める | 「順番を守って渡してみよう」「みんなで協力して作れたね」と声をかけ、皆でやったことやその成果を共に喜ぶ |
| 資料に基づく確認 | • 協同性の育成: 領域「人間関係」では、工夫したり、協力したりして一緒に活動する楽しさを味わうことが「ねらい」に新たに示されています。共同制作は、幼児が共通の目的の実現に向けて、考えたことを相手に分かるように伝えながら、工夫したり協力したりする協同性を育む活動です。• 社会性と自己調整: 幼児は、協力し合うことの楽しさや達成感を感じる中で、自分のやりたいことを我慢して譲ったりすることを学んでいきます。特に5歳児後半には、充実感をもって幼児同士でやり遂げる姿が見られるようになります。• 教師の援助: 共同の遊びの中で、意見の衝突が起きた際には、教師は「順番に砂を盛ろうか」や「一緒に水路を作ってつなげてみる?」といった解決策を提案することで、幼児が折り合いを付けることを助けます。また、達成感や満足感を味わう体験が発達を促す上で大切であり、やり遂げた成果を共に喜び、十分に認めることが、次の活動への意欲を高めます。 |
- ごっこ遊び(お店屋さんごっこ、家族ごっこ)(4~5歳児)
| 遊び・場面 | 年齢 | 保育者の支援・援助のポイント | 具体的援助例(資料に基づく裏付け) |
|---|---|---|---|
| ごっこ遊び | 4~5歳児 | – 実生活や地域社会の場面を導入- 挨拶や順番、貸し借りなどのルールを体験させる- 友達同士で解決する機会を見守る | 「順番を守るとみんな気持ちよく遊べるね」と声かけ、困ったときにヒントを出す。遊びの中で看板やメニュー、値段などを書 |
いたり読んだりする中で、文字の意味や役割が認識されていく |
| 資料に基づく確認 | | • 社会生活との関わり: ごっこ遊びは、社会生活との関わりの芽生えを育みます。幼児は、実生活で見た家族やお店、地域の祭りなどの社会事象を遊びに取り入れ、役割を演じることを楽しみます。• 言葉と道徳性の発達: ごっこ遊びは、象徴機能である言語能力の発達を促し、それが社会性や道徳性の涵養につながります。遊びの中で自分のイメージを相手に分かるように表現し、共通のルールをつくり出すことで、伝え合う力が発達します。• 規範意識の体験: 遊びのルール(順番、貸し借りなど)を分かっていても、興奮すると忘れて守らなくなったりすることがあります。きまりを守らなかったために友達との遊びが壊れてしまうという体験を通して、幼児はきまりの必要性に気付き、規範意識の芽生えを培います。• 教師の役割: 教師は、遊びの中で幼児が発達していく姿を「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」を念頭に置いて捉え、幼児が主体的に活動できるような場や、幼児が興味関心をもつ遊具や用具、素材を提供して、遊びの展開を支えることが求められます。 | |
- 総括:保育者の役割と支援の基本姿勢
すべての事例において共通する保育者の役割の基本は、「幼児の主体的な活動」を最大限に尊重し、環境を通して指導する姿勢です。
- 信頼関係の構築: 幼児が温かく見守られ、受け入れられているという安心感をもつことが、主体的な活動の基盤となります。教師は、幼児の行動や心の動きを温かく受け止め、理解しようと努めることで信頼の絆を生みます。
- 体験と気づきの促進: 道徳性や規範意識は、教師が一方的に教え込むのではなく、体験を通して幼児が自分で気付くことが重要です。教師は、幼児が試行錯誤を繰り返し、自分で乗り越えられるような困難を経験できるような環境を意図的に構成する必要があります。
- 長期的な視点: 指導は、特定の活動で完結するのではなく、長期的な見通しに立ち、幼児の発達の道筋を見通して、必要な経験を積み重ねていけるように計画的に行うことが大切です。

